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幻の新元素 明治サイエンス事件帳3
2008年02月03日 (日) | 編集 |
日本人が発見した初の新元素「ニッポニウム」。
小川正孝(後の東北大総長)が発表した原子番号43、原子量100のニッポニウムは、地球上に現存しない元素として、後に発表を取り消されてしまう。

小川はイギリスのラムゼー教授(アルゴン元素の発見者・ノーベル化学賞受賞)のもとへ留学し、トリアナイト鉱石から0.1グラムの物質を抽出する。ところが正確な原子量が確定できないまま原子番号43の元素として発表してしまったため、幻の元素として葬り去られることとなる。

しかし、後に吉原賢二(東北大名誉教授)が、小川の実験器具に残る物質をX線分光装置を用いて調べたところ、当時は未発見であったレニウム元素(原子番号75、原子量186)とスペクトルが一致することがわかった。つまり、小川はレニウム元素を発見していた可能性が強いということなのです。レニウム元素は、小川がニッポニウムの発表の20年後、イタリア人によって初めて発見され、公認される。原子量さえ正確に割り出していれば・・・という無念さが伝わってきます。

当時西欧では、元素研究に不可欠とされるX線分光装置によって、容易に原子番号・原子量が割り出すことが可能となっていました。小川もこの装置の導入を切望していましたが、実際に小川のもとにこの機械が入手できたのは、レニウムが発見された後、既に5年も経った時点だったのです。

学際的・総合的な研究、つまり物理分野との共同が不可欠な元素研究の分野で、孤軍奮闘する小川博士の悲哀が伝わってきました。

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