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古今東西カレンダー物語
2008年02月10日 (日) | 編集 |
暦に関する歴史とエピソードを中心に2008年1月に放映された「古今東西カレンダー物語

 江戸時代の渋川春海は初代幕府天文方の任にあり、暦の完成者として知られる人物。当時の暦が正確かどうかを確かめるのに月食の日時が正しく指摘できるかどうかによって判断していたそうです。よく考えれば当たり前なのですが、当時の暦は月の満ち欠けをもとにした太陰暦ですから、月食の日時が外れれば当てにならない暦というわけですよね。
 渋川春海は、日本で採用している中国の暦が正確でないことを指摘し、要は時差による誤差を計算し修正することで、大和暦を完成しました。

 太陰暦から太陽暦にシフトしたのは明治6年から。改暦を推進したのが大隈重信だったそうです。明治5年の12月3日をもって明治6年1月1日とすると定め太陽暦に改めました。つまり明治5年の12月は2日しかなかったわけです。太陽暦の採用は言わば必然であったかもしれませんが、大隈が採用を急いだのには大きな理由があったのです。
 まず明治6年は旧暦によれば閏月のある年で、1年が13カ月あることになります。当時の財政難から考えて役人の給料を13か月分払うことは大きな負担となること。また、明治5年の12月は2日しかなかったことで、給料を払わなかったこと。以上の2点により大きな財政上の節約が成し遂げられたのだそうです。なかなか奥の深い話だったんですね。当方「さすが」と膝を打ってしまいました。
 
 現在広く通用している西暦の土台となったのがユリウス暦です。ローマ帝国のジュリアス・シーザーが採用しました(B.C.45年)。「1年365日12か月1週間が7日、4年に1度は閏年」という現在の暦の基礎です。
 ところが長年の経過により誤差が大きくなってきたため、教皇グレゴリウス13世が命じて作らせたグレゴリオ暦が新たに採用されます(1582年)。4年に1度の閏年の例外として、100で割り切れる年は閏年ではない。ただし、400で割り切れる年は閏年であるという規則です。ちなみに、1800年、1900年などは閏年ではありませんが、2000年は400で割り切れますので、400年に1回の例外中の例外ということになります。

西暦2000年というのは数字のキリが良いというだけでなく、暦の上でも記念すべき年だったわけなんですね。2000年当時はまったく知りませんでした(^^ゞ

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