クラシック・ジャズのライブ、CD、TVドラマ、落語の見聞録を中心に、何か皆さんが役に立つ情報が伝えられたらと思います。実につたないブログですが、ずっと前の記事にでも、1行でも、コメントなど頂けたら本当にうれしいです。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
宮本輝 人生の歩き方 第1回
2008年02月27日 (水) | 編集 |
第1回 押入れの中の青春

宮本輝昭和22年、父熊市49歳、母雪恵36歳の長男として神戸にて生まれる。父は自動車部品製作会社の社長であった。

昭和29年洞爺丸台風の折、大阪の父の会社の倉庫が水没し、商品が全滅。以来父の会社の経営が深刻となり、昭和31年家族で富山へ移住。父は中古車販売に失敗し大阪へ戻り、母子で富山に残される。母は呼吸できないくらいの重症の喘息に苦しんだ。そのときの富山の雪は子供心に「鉛色の雪」と感じた。

昭和32年に大阪へ戻ると、貧しい長屋に住む尼崎の叔母の家に預けられる。失業者や結核患者などの多い極貧地区で見たものは、突然訪れる人の死の理不尽さやぎりぎりの生活だった。また、父母と一緒に暮らしたいという寂しさも募った。

昭和33年には、両親のもとに戻ることができたが、父が途中で放り出した駐車場管理の仕事を母が行ったが、朝6時から夜11時までという激務などの心労が重なり、母はアルコール依存症になる。父は常々、母の酒は暗い酒、「飲むと死にとうなる女」と称していた。

学校から帰ると母はいない。尼崎の叔母のところに行って、大量の睡眠薬を飲んだらしい。そのとき宮本が感じたのは、母が薬を飲んだということは、ある意味「僕を捨てた」ということ。踏みとどまる部分を超えた以上、「運良く助かったとしても母は死んだのだ」ということだったそうです。

宮本は母の病院に行くのを拒み、押入れに隠れて井上靖の『あすなろ物語』を読んでいた。父が探しに来て、母が助かったことを知り、安堵の気持ちから瞬間的に大きな転機が訪れたのだそうです。母が助かった瞬間、小説の中身が胸に切々と入ってくる、沁み入ってくる、全く違った感受性をもって小説を読むことができ、「文学は何てすばらしいんだろう」と感じたそうです。その後中之島図書館の本を全部読もうと決意し、片っ端から本を読みふけったそうです。

宮本輝は私の最も敬愛する作家の1人です。流転の海のシリーズも強い感銘とともに読みました。上記の内容は「流転の海」でも触れられていた部分とも合致していますね。お話もとても上手で氏の優しさ・深さに引き込まれていくような快感を覚えました。「あすなろ物語」を私も中学生の頃読み、今でも強い印象が残っていますが、氏の文学的ルーツがここにあったとすれば、井上氏の作風との接点に何となく首肯する部分がありそうです。

つたないブログですが、ポチっとお願いできたらm(__)m
FC2ブログランキングにほんブログ村 テレビブログへ

スポンサーサイト
テーマ:NHK教育
ジャンル:テレビ・ラジオ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。