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宮本輝 人生の歩き方 3回
2008年03月22日 (土) | 編集 |
第3回 父との約束

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【愛媛県南宇和郡愛南町】
宮本輝が幼少期を過ごしたのが愛南町。体が弱かった宮本の転地療養も兼ねて大阪から引っ越したと「流転の海」にも記されています。父は町では有名で「宮本の大将」と呼ばれ、飲み屋でもだれかれ構わず説教を始め、正論を説く癖があったそうです。

【母への暴力】
宮本の父熊市は、母に暴力をふるう悪癖があった。板ばさみになった宮本は、心底悩み、母を守ろうという気持ちから、父が敵のような存在になってきたそうです。母への暴力ほど子を傷つけるものはないとしみじみ述懐していました。

【父との別れ】
大学生のときに長年姿を見せなかった父がひょっこりバイト先に現れた。
「ちょっと飲もう。お前金あるか」と言う父に連れられて屋台で熱燗とおでんを。
父は次のようにしみじみと語った。
「俺はお前を人より秀でたものを持った人間だと思ってきた。いつ花開くかと思ってきた。そんな過大な期待はさぞかしお前にとって辛かったろう。何にも持っていないお前に過大な期待をかけた父をどうか許してくれ」と。

宮本はそのときただただ悲しかった。「父に申し訳ない」という気持ちでいっぱいだった。

ところが、しばらくして宮本は「待てよ。親父の奴、大芝居打ちやがったな!一発喝を入れてやろうとして父が考えた演出だったのではとハタと気付いた。」いつかみとけよ。畜生見返してやろうと奮起させる目的だったのではと今でも感じているそうです。

【父の非業の死】
父は宮本との最期の対面から2ヶ月後に脳梗塞がもとで精神病院にて死去。
宮本は、「父はなんでこんなみじめな死に方をしなければならかったんだろう」と考えた。
「そこには何らかの原因があったはず。運っていうものが切れた瞬間に精神病院へのレールに乗ってしまったのではないか」と。「女をなぐるような男には因果の理法から罰が当たったのではないか。」「妻を不幸にさせた瞬間こそがそれである」という宮本の話には胸を打たれました。

父親像を冷静に分析する宮本ですが、一方では父親のことが大好きなのだと思います。宮本が愛南町の一本松で星を見上げる姿には、父へのあふれんばかりの畏敬の念・敬慕の念がこめられているように感じ取れました。

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