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さらば!野茂投手
2008年09月12日 (金) | 編集 |
野茂英雄投手は、日米通算201勝という記録を残して、7/17に現役引退を表明しました。

話題としては旧聞に属するかもしれませんが3年ぶりのメジャー登板と世紀の対決を演出した立役者はヒルマン監督だったということをどうしても話したくて、この記事を書いてみました。

【メジャーを目指したのは?】 
 新人の1990年から1993年まで4年連続最多勝、奪三振王のタイトルを獲得し、近鉄の不動のエースと目された野茂投手。入団の年から1992年までは仰木監督。さすがに名将仰木監督は、野茂の投球フォームを改造せず、野茂のスタイルを尊重。あの世界のヒットメイカーイチローを育てた名将だけのことはありますね。しかし、1993年就任の鈴木啓示監督とは、フォームの改造など干渉が多く、調整法などで意見が対立したため、1994年オフには近鉄球団との契約交渉が決裂。
 近鉄球団は、他の日本球団と交渉できないようにあえて任意引退という陰険な手段をとり、野茂投手を解雇。行き場のなくなった野茂投手は、他に術なくメジャーへの門をたたくことになる。

【初勝利までが遠かったよね!】
 1995年、ドジャーズに入団した野茂は、5/2に初登板。初登板から7試合目(6/2)にして初勝利。この7試合までの間は、本当にやきもきしました。毎朝テレビにかじりついて、今日こそと応援を続けました。本当に他人ごとではなかったんですよね!日本人みんなが、「ガンバレ野茂」と叫んでいたのではないでしょうか。「未勝利のまま日本に帰ってくるしかないんじゃないか」というすれすれのところだったと思います。
 投球内容が悪いわけではなく、0点に封じた試合が2試合、1点が1試合と運が味方しなかっただけなのですが・・・。

【メジャーでの遍歴】 
 ドジャーズ 1995年:13勝6敗、1996年:16勝11敗、1997年:14勝12敗、1998年:2勝6敗  シーズン途中でメッツへ移籍
 メッツ 1998年:4勝4敗
 ブルワーズ 1999年:12勝8敗
 タイガース 2000年:8勝12敗
 レッドソックス 2001年:13勝10敗
 ドジャーズ 2002年:16勝6敗 2003年:16勝13敗 2004年:4勝11敗
 デビルレイズ 2005年:5勝8敗
    2006年、2007年とメジャーでの登板機会なし。
 ロイヤルズ 2008年4/5に3年ぶりのメジャー登板。3試合登板後4/20に解雇通知。
 メジャー通算 123勝109敗 登板数323試合 1918奪三振 (日本通算 78勝46敗)

 これをみると、やっぱり「野茂はドジャーズだったんだなぁ」という気がします。最後の勝ち星は、2005年6月27日のブルージェイズ戦。

【Dr.K 最後の雄姿⇒幕引きも空振り三振】
 4/10 ヤンキース戦: 7回から3回を投げ2失点。ロドリゲス、ポサダに2者連続でアーチを浴びる。松井秀喜との対戦結果は、7回レフトフライ、9回空振り三振
 4/16 マリナーズ戦: 4回に登板し1回0/3を投げて4失点。さんざんな結果でしたが、イチローからは外角低めの球で、空振り三振をとる。
 4/16 アスレチックス戦:0回1/3を投げて3失点降板。ただ、野茂が対戦する正真正銘最後のバッターとなったバックからは空振り三振を取っている。
 野茂がプロ入りして初めて取った三振は清原から。ここからDr.Kの一歩が始まり、最後は蜂の巣になりながらも三振で野球人生を終えています。

 スポーツニュースで松井、イチローとの対決打席をみましたが、日本が誇るヒーローたちの武士道精神とでも言うのでしょうか。この対決には身震いがしました。松井にしてもイチローにしても、彼らの今があるのは、メジャーに道を開いた野茂選手の孤軍奮闘があったからなのです。2人の打者は、野茂への敬意の念から、まるで帽子を取って敬礼をして打席に入るような空気を醸し出していました。
 「わざと空振り」などという俗な表現は当たりません。野茂への畏敬の念から、バットが空を切ってしまった。そう信じています。

【ヒルマン監督の粋な計らい】
 野茂投手に最後のチャンスとして、メジャー登板の機会を与えたロイヤルズの監督は、日本球界で日本ハムをパリーグ連覇に導いたトレイ・ヒルマン
 ヒルマン監督は、野茂を「究極のプロ」と評し、「ノモには夢があった。その夢を追いかけ、メジャーにやって来た。メジャーで通用するという自信を持っていた。偉大な投手だよ」と話す。

 野茂対松井、野茂対イチローという究極の対決場面は、ヒルマン監督の粋な計らいだったと言えないでしょうか。こんな夢の対決を最後に見せてくれたヒルマン監督に心から感謝します。

 さらば、トルネード! フェアウェル、ドクターK!

 出典はよく覚えてませんが、「野茂よりも、あんたこれからどうするの」という川柳がありました。「野茂のことを言ってるよりも、あんた自分の身の振り方考えなさいよ」と奥さんにたしなめられているといったニュアンスの川柳でしょうか。
 ただ、当方なんかは、「自分のことくらいに野茂のことが気になる」時期もあったくらいです。力道山、大鵬、王、長嶋・・・って時代の巨星はいますが、私は断然「野茂がヒーロー」ですm(__)m

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