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天明の飢饉江戸を脅かす その時歴史が動いたvol.313 
2008年02月28日 (木) | 編集 |
長谷川平蔵の提案した人足寄場の意義と功績について考察した番組。

 池波正太郎の小説「鬼平犯科帳」で知られる火付盗賊改長谷川平蔵は、無宿人の更生・授産施設として人足寄場を提案・設置したことでも知られている。

 天明時代の江戸は、天明の飢饉により、食いぶちを求めて地方から江戸に逃れてきた無宿人であふれていた。無宿人とは住所不定で宿のない人のことであり、彼らは江戸で職に就こうとしても身元引受人がいない以上、就職もままならず、物乞いとなるか、犯罪に手を染めるかしか選択肢がなかった。江戸の強盗・殺人などの犯罪の約8割は無宿人によるもので、江戸の町は、治安が極度に悪化し、社会不安が募っていた。
 1787年に老中に就任した松平定信は、無宿人を地方に戻す人返しを考えたが、国元の治安の悪化を懸念大名たちが、これに強く反発したことから頓挫する。そんな折、無宿人の救済策として、長谷川平蔵は人足寄場の設置を提唱する。
 1790年2月、人足寄場は隅田川河口の石川島に作られ、大工、鍛冶、桶作り、縄細工、元結などの技能を習得することができた。最初の出所者は設置3ヶ月後に14人。社会復帰のための職業道具も支給されている。
 この人足寄場制度は、無宿人の授産・更生施設として発展的意義をもち、地方にも波及するとともに、幕末まで続いた。

 ◆長谷川平蔵は、無宿人をただ取り締まるのではなく、職を与え社会復帰まで配慮したという点が偉大な点であり、番組でも強調されていました。実際、職を離れた後も、無宿人の身元保証人として尽力し、奉公先を斡旋していたとのことでした。平蔵が頭を深々と下げ奉公先を訪ね歩く姿が目に浮かびます。

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